紫紺の空の一つ星

趣味まるだしのブログ。日常、帝国海軍、回天特攻隊が中心。ご来訪頂き感謝致します。

三枝直少尉ゆかりの地高尾穂見神社へ行ってきた

海原会の機関紙、「予科練」に載っていた、「三枝少尉の足跡を辿る旅」という記事。

三枝さんの生まれ故郷である山梨〜大津島を旅された方の記事なのですが、それを読んでからずっと「私も辿りたい!!」と思っていました。

そしてようやく時間が取れたので行ってきました!

しかし、三枝さんの生まれた所や小・中学校、それぞれ場所が結構散らばっていて移動が大変だったので、今回は予科練合格祈願と壮行式を行なったと書かれていた高尾穂見神社のみ行ってきました。

個人的に山梨は大好きな場所なので、高尾穂見神社の他にもゆるりと観光しつつ…♪

 

山梨についたのがお昼だったので、北杜市にある「臺眠」でご飯。

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酒元直営レストランとのことで、出てくるお水は仕込み水(しかも瓶!)、そしてしゃけの麹漬けはぷりっぷりで絶品。

こんな食べきれるかな…?とか心配することもなく完食しました。笑

デザートも付いてて、お酒の味がする羊羹?的なものでめっちゃ美味しかった…(*´-`* )

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外も可愛いけど、店内も可愛かった!

 

そして臺眠の向かいにはなんと、元祖信玄餅の金精軒!

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信玄餅大好き人間(特に黒蜜)としては、これは入るしかないです。笑

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すごく美味しそうだし、期間限定だったので食べたわらび餅。

びっっっくりするほど美味しかったです…今まで食べた和菓子の中で1位を争うレベル…

 

臺眠でも金精軒でもお水を頂いたのですが、もう美味しくて美味しくて…

山梨は食べ物も水も空気も全部美味しすぎてずるすぎる…

 

さて、三枝さんの故郷の味を堪能した後は今日の目的の高尾穂見神社へ。

「高尾」とつくだけあって、不安になるレベルでどんどん山道を進む…

しばらく車で山登りをして、本当にあるのかな…?と思っていたら、鳥居を発見!!

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あった!!

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穂見神社って書いてある〜!!

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赤い鳥居をくぐってさらに進むともういっこの鳥居。

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山ということもあり、蝉の声以外は本当に静かで。

鳥居周辺はとても神秘的で不思議な雰囲気でした。

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境内は鳥居とは対照的に、陽が当たって爽やかに透き通った雰囲気。

1枚目の写真の神楽殿は本当に見事でした。説明書きによると、本来あった神楽殿は火災に遭い、明治24年に建て直したそうです。

2枚目の写真は、巫女殿というようです。

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こちらは拝殿。

三枝さんに想いを馳せ、ここにお参りに来れた事を感謝してきました。

 

記事に載っていた、壮行式で三枝さんが言った言葉がとても心に響きました。

この記事が載っている平成27年11・12月号の機関紙は、海原会のホームページで閲覧することができるので、読まれたことのない方は是非読んでください。

 

三枝さん、中学当時はお父さんの仕事の関係で長坂警察署(現在の北杜警察署)の官舎に住んでいたそうですが、高尾穂見神社まで、だいぶ距離がありますよね…付近はガチの山登りだし…

神社との関係性が気になります。

 

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帰り道は富士五湖を巡りました♪

どんな順番で巡ったか忘れたので、どの写真がどの湖か分かりませんが悪しからず…←

この時は富士山は雲に覆われてて1ミリも見えず…(TT)

山梨行くといつも富士山が見えません…この恥ずかしがり屋め!///(違う)

 

晩御飯は、山梨に来たら絶対に食べる小作のほうとう\(^o^)/

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いつもカボチャほうとうを頼むので、今回はきのこほうとうにしました。

1ヶ月分レベルのきのこが入ってて大満足!笑

名前もわからないようなきのこもいたけどめっちゃ美味しかった…!!

 

食べ終わってお店を出ると、なんと雲が消え去って富士山が見えてました!

大急ぎで車を走らせて山中湖の撮影スポットへ。

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やっと撮れた、富士山の写真!!( ;∀;)

三枝さん、ありがとう!!

穂見神社の神様、ありがとう!!

あ〜、日本に生まれて、よかった!!(ブ○ゾン○えみ)

最高の旅の締めくくりでした。

 

あーほんと大好きすぎる山梨(T_T)

次は甲府あたりを巡りたいな!

有森文吉少尉と橋口寛大尉のお誕生日なので靖国神社へ行ってきた

7月15日は、金剛隊有森文吉少尉と、平生基地の橋口寛大尉のお誕生日。

ということで、お誕生日参りをしに靖国へ行ってきました。

 

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着いてから気づいたのですが、人が多いと思ったら今日はみたままつりでした。笑

東京生まれ東京育ち、悪そうな奴は友達にいないどころか友達が少ない私ですが、みたままつりに来たのは今日が生まれて初めて!

夜まで居たい気持ちはありましたが、夜に予定があるのと、何より一人お祭りということが思いを止まらせました…笑

また次の機会に…( ; _ ; )/~~~

 

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ちなみに御朱印もみたままつり仕様でした!

 

有森さんと橋口さんにおめでとうとありがとうを伝えた後は、境内をうろちょろ。

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そんな中見つけた、「回天の母〜人間魚雷〜」で歌川二三子さんとデュエットされてた小嶌美智子さんの献灯。

「魂は永遠なり」

まさに。と強く頷きました(心で)

近くにいた男の子が虎の絵を指して「めっちゃうまい!!!」って連呼してました。笑

確かにめちゃくちゃ上手い!!

 

帰り際、あのずらっと並んでる黄色い提灯の中から、ワンチャン見つからないかな…と捜索を始める…

周りの人からしたら、献灯ひとつひとつガン見してバシバシ写真撮ってる、完全に怪しい人だったと思います…すみません…笑

 

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海軍ゾーン!

 

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そして見つけた、回天の提灯!( ;∀;)

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横には浦田さんと前田さんの提灯も!

 

タイミングよくこれて良かったです(*´-`* )

 今日は英霊の皆さんも靖国にて楽しいひと時を過ごされた事でしょう。

 

有森さん、橋口さん、お誕生日おめでとうございます。

どうか安らかに。

特別攻撃隊回天舞台たからモノを観た

今日は回天の舞台「たからモノ」を観に、横田さんの地元、高円寺へ行って参りました。

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回天をテーマにした作品は予備学生を主役とするものが多いですが、この作品も予学出身の搭乗員たちのお話です。

入隊前の日常の描写が多く、パンフレットに書かれていた脚色・演出の太田さんの「私が戦争のお話を描くときは『人』を描きたい」という言葉通り、搭乗員だけでなく登場人物一人一人が個性豊かで、笑えるところもたくさんありました。

また、「当時を生きた人は、時代が違うだけで今生きてる私たちと何も変わらない」というところに重きが置かれているように感じられて、舞台の上の「当時の彼ら」に親近感がわきました。

 

そして戦中、昭和30年代、現在という3つの時代をかわるがわる追っていくスタイルで、珍しいなと思ったと同時に、人と人との「繋がり」というものを強く感じました。

 

最後まで役者さんたちの熱がすごくて、本当によかった!

舞台は山本耕史さんや中村勘九郎さん主演のおっきいものしか観たことなかったので、今回のように舞台の近くで観劇できるのは初めてでして…一人一人の細かな表情がよく見えて心を掴まれました。

そしてやっぱり映画とは違って、叫び声とかの迫力がものすごくて、思わず体が震えました。

 

パンフレットに載っていたプロデューサー若林さんの「平和で豊かになった今の日本ですが、何か大切なモノを忘れてきてしまった様な気がしてならない」との言葉が、とても心に残っています。

 

突然ですが、私のひとりごとタイム。←

役名の「求名ちゃん(名字)」をずっと「グミ夫ちゃん(名前)」だと思っていたら、最後の最後で「求名(名字)」と分かってびっくりしたし、自分のアホさ加減に萎えました。←

グミ夫ちゃんってなんだよ…

そして彼らの出撃日が4月20日、そう、伊47天武隊(柿崎隊)の出撃日と同じ。

しかも目標が輸送船と駆逐艦…そして「何ィ?!三号艇は出さんのか?!」のセリフ…

思わず心の中で「アアアア;;;」と叫びました…

 

「回天特攻隊」というとても難しいテーマで、これだけの作品を創り上げるのはとても大変なことだと思います。

でもこの舞台を通して、回天のことを知る人がいる。色々なことを改めて考える機会となる。

人の心を動かす舞台であったと思います。

 

「たからモノ」関係者の皆様、本当にお疲れ様でした。

またこの舞台がやることがあれば、観に行きたいなー!😊

 

 

そして今後は、士官や、予科練水雷科の下士官が主役の作品も出てきたらいいなあ、なんて思ったり。。。

予科練平和記念館へ行ってきた

今日は梅雨らしいお天気でしたが、雨にも負けず予科練平和記念館へ行ってきました。

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記念館へ行ったのは2回目だったのですが、1回目が結構前だったので、今回改めてじっくり見てまわりました。

 

今回も、酒保の展示でお腹が鳴ってしまった…笑

うどんもおしるこも美味しそうなんだよお(′;ω;`)

空襲の映像ルームと特攻の映像ルームは、見終わると相変わらず身体がガチガチになりました。

 

そして今は「予科練の思い出」という企画展がやっているのですが、展示してある資料の一部をコピーしたものが閲覧できるようになっていて、とてもよかったです。

展示内容的には、水泳の授業の例の飛び込みのシーンがイラストで描かれていた「土浦魂!!」絵葉書や、めちゃくちゃクオリティ高い人文字の写真が印象的でした。

人文字はほんと、ただ整列してるんじゃなくて姿勢から何までビシッと揃っててすごかった…

 

企画展コーナーでは目録の他に予科練の試験問題とモールス信号や手信号などの表が自由にもらえる感じだったのでもらってきました\(^o^)/

試験問題、試しに国語だけやってみましたが、、、読解の問題がほぼ「(この文を)解釈セヨ」だけで、謎すぎて全滅。笑

回答を見たら、想像の遥か上の答えでした…笑

予科練生への尊敬がより強くなりました…

 

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帰り際、ちゃっかりスタンプも押す。笑

 

お昼ご飯はひたちなか漁港の方まで行って刺身定食!

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このボリュームでまさかの1500円😳

お刺身も茶碗蒸しもお味噌汁も全部美味しすぎて感動でした!

 

前回記念館に行った時もそうでしたが、やっぱりあそこに行くと、彼らの犠牲の上に、戦争で戦った方々の犠牲の上に今がある事を改めて実感します。

今の世界を見渡すと、戦争している国はあるわけだから、今の日本の状況は決して当たり前じゃない。

日々感謝し、全力で生きようと思います。

 

そして100年後200年後、子孫たちにどんな日本を残していくか。
代々渡されてきたバトンは今、私達の手にあるのです。

これからの日本というものを守っていくのは、今を生きる私達だということを、しっかりと心に刻みたいです。

柿崎実中尉のまとめ

柿崎実中尉について、自分なりにまとめてみました。

自分が本や資料を読んで今現在分かっていることと、推測な部分を詰め込んでいるのでご了承ください。

間違い等ありましたらご指摘いただけると幸いです。

 

 

柿崎さんは大正11年8月3日、山形県酒田市に生まれました。

上原光晴さんの著書「「回天」に賭けた青春」によると、男ばかりの6人兄弟の5男だそうです。

ですが回天刊行会の「回天」には、3人のお兄さんと1人の弟さんと思われる方、そして妹さん(と、本には書かれています)宛てのご遺書が載っています…(ちなみに妹さんの存在は、上原さんの本ではいとこと書かれています)

上原さんは直接ご遺族に取材されているので確実かとは思いますが、正確な兄弟構成をご存知の方がいらっしゃいましたら、教えて頂けると幸いです。

 

兄弟構成の話で長くなってしまいましたが…

柿崎さんは昭和15年に(旧制)酒田中学校を卒業後、18歳で兵学校72期を受験し、合格。

その年の12月から江田島海軍兵学校生徒として教育を受けます。

 

昭和18年9月に兵学校を卒業し、そのまま軍艦「八雲」に乗艦し、11月には空母「瑞鶴」乗組となりました。

昭和19年8月、潜水学校12期普通科学生の発令を受け、広島の大竹へと向かいます。

 

しかし開講直前の9月4日、開講を待っていた兵学校72期の7名が教官から突然呼び出され、「第一特別基地へ行け」と言われます。その7名には柿崎さんも含まれていました。

そして第一特別基地隊大津島分遣隊、所謂回天の大津島基地に着いたのが9月6日のことでした。

 

基地で激しい訓練の日々を送り、12月21日、金剛隊隊長として伊56潜に乗り込み、大津島基地より出撃しました。

 

特攻作戦ですから、一度出撃すれば戻っては来れません。

しかしそれは、「潜水艦が無事に目的地に到着し、回天が無事発進する」ことが前提です。(特攻作戦に限る話ではありませんが、潜水艦自体が行方不明になってしまう事もあります)

柿崎さん達(金剛隊の隊員4人)は、この出撃を4度繰り返したのです。

 

この時期はまだ泊地攻撃だったので、回天の発進時刻が統一で決められていました。 

昭和20年1月12日、この日が全金剛隊の回天発進予定日でした。

しかし敵の警戒が厳しく、なかなか突入ができません。

1月14日、攻撃回避のための長時間の潜航、そして第六艦隊司令部からの帰投命令により突入中止 となり、2月3日大津島に帰投します。

 

3月2日に、金剛隊の時と同じ隊員で、今度は神武隊隊長として伊36潜に乗り込み、大津島基地より出撃しました。

しかし3月6日、作戦変更となり帰投命令が出て、その3日後の9日に大津島へ再び帰投しました。

 

それから少し経った頃、回天光基地では伊47潜で出撃予定であった多々良隊が、2名が殉職、1名が病に倒れ、編成し直しとなりました。

そこで柿崎隊の4人が光基地へ向かい、もともと多々良隊の隊員であった2名と共に、伊47潜多々良隊隊員となったのです。

 

3月29日、多々良隊隊長として伊47潜に乗り込み、光基地を出撃しました。

しかし29日、30日と敵の攻撃が激しく艦は負傷、回天もベコベコにへこんでしまいました。31日に第六艦隊より作戦中止の帰投命令が下り、4月1日に光基地へ戻ってきました。

 

4月20日、艦の修理も終わり、今度は「天武隊」として、伊47潜で再び光基地より出撃します。

 

そして5月2日。

沖縄海域にてついに敵と遭遇。「回天戦用意!」という号令が艦内に響き渡りました。 

午前11時頃、柿崎さんの乗った1号艇が発進、その約20分後に、命中音と思われる大爆発音が鳴り響き、艦を揺らしました。

享年22歳。没後の階級は少佐です。

(書籍は横田寛さんの著書「あゝ回天特攻隊」、小灘利春さん・片岡紀明さんの著書「特攻回天戦」、ザメディアジョン発行の「人間魚雷回天」、「日本海軍潜水艦史」に載っている佐丸幹男さんの証言を読みました。)

 

 

柿崎さんの人物像についてはまた別記事で。

人生は障害を踏み越える闘争だ

「人生は、障害を踏み越える闘争だと言う。そうかも知れぬ。いや確かにそうだ。

一人一人がそれ相応の障害にぶつかり、それと闘いつつ、それに打ち勝って行くところに、その人その人の幸福があり、人生がある。

幸福とか人生の意義など、相対的なものではない。

人一人一人自らが創り行く、その人々の絶対的なものだ。」

(回天刊行会「回天」より)

 

この言葉は、水井淑夫少尉が高校時代の日記に書いたものです。

 

この言葉から、「人生、いかに自分自身と向き合うことが大切か」ということを学びました。

一人一人、人生で乗り越えていかなくてはいけない障害は違う。それに従ってその先の一人一人の「幸福」も違う。

自分の人生の意義も幸福も、大切なのは「自分が導き出すこと」なのです。

 

だからこそ、他人を評価したり、また評価されたりということは、あまり意味のない事です。

とある事や物が自分の人生で大事であっても、他人の人生はそうとも限らない。その逆も然り。

頭ではわかっていても、つい人と比べたり、人を評価してしまったり…

 

しかしそんな時間があったら、目の前にある壁を乗り越えなきゃな、と思いました。

自分自身の障害から目をそらさずしっかりと向き合い、闘いたいです。

 

 そして水井さん自身も、自分の人生の「障害」と向き合っていました。

 

「しからば俺の幸福はどこにあるのだ。

俺の障害は現在のメランコリーだ。

この自己卑下、自己否定、自信の喪失だ。俺はこれと闘わねばならぬ。

これを打ち破り、行く手に光明を見出すことこそ俺の高等学校生活の最高の幸福であり、高校生活の意義があるのだ。

自分の悩み、それは何でもよい。それと闘うこと、それにあるのだ。(後略)」

(回天刊行会「回天」より)

 

予学4期の方の本を読んでいて、水井さんは4期の中でも軍人タイプのお方という印象を受けていました。強気でサッパリしている、みたいな。

しかし彼はこのような障害を自覚しており、また幸福に向かってこれを乗り越えようと決意している様子が日記から分かります。

 

23歳で、回天多聞隊隊長として南の海で散華された水井さん。

人生というものをこのように考えた彼は、自らの障害と闘い、人生を走り抜いたのだと感じました。

筋トレ(?)を細々と始めた

「今回こそ続けるぞ!」と何度誓っても続かない。それが筋トレ。笑

去年あたりに、腹筋背筋腕立て30回をやっていたはずなのですが、いつの間にか終わってました…たぶん1か月くらいで終わった…(はやさ)

 

そして最近、懲りずにまた始めました。

人生、筋肉大事。

今回は、側弯症&姿勢の悪さの改善のため、お腹周りに重点をおいて再開です。

スーパーインドア太郎で筋力皆無なので、普通の人以下のトレーニングですが…

なぜわざわざブログに書くかというと、尻たたきのためです。笑

肩の位置がバラバラなのが見てわかるレベルの側弯症なのですが、お医者さんからは「まあまあ軽め」と言われたのでワンチャンよくならないかなーって思い、やるだけやってみることにしました。笑

 

あんまり最初からたくさんやりすぎると3日で終わるので(笑)、今やっているのは3つのことだけ。

ひとつめは、ネットで「側弯症 自力で治す」と検索して適当にやってます。笑

猫ストレッチ?とかいうのがいいらしいです。

ふたつめは、腹筋。回数はまさかの10回。笑

本当に筋力がないので、このくらいの回数が限界なのです…調子いい時はプラス3回くらいいけるので、慣れていくたびに回数を増やしていく予定!(あくまでも予定!)

最後は、サンシャイン池崎んトレ。

サンシャイン池崎さんの自己紹介のあの背中の反りを見て「背筋鍛えられそう…」と思って始めました。夜な夜な鏡の前でやってます。

意外と股関節のあたりも痛くなるので、結構広範囲の筋肉を使っているようです。

あれを毎回やってる池崎パイセンまじリスペクト…

 

こんな感じの筋トレ(?)を、えんこーのお船たちが帰ってくる11月までは続けていきたいと思っています(^-^)

この謎メニューに余裕が生まれたら、体幹トレーニングも加えたいな…