紫紺の空の一つ星

趣味まるだしのブログ。日常、帝国海軍、回天特攻隊が中心。ご来訪頂き感謝致します。

パンツの日なのでちょっと振り返ってみた

本日は8月2日、パンツの日ですね。

私は今からン年前のパンツの日に、オギャーと産声をあげたわけであります。

そう!今日はお誕生日!いえーーい!

ここ数年からは誕生日を迎えるたびに「ああ、もうこんな歳なのか…」とちょっぴりショックを受けたりしていますが(母親に言うと「あんたで年寄りならあたしゃどうなんのよ!」と怒られるけど←)、しかしこの歳まで毎日穏やかに暮らせることはとても幸せなことなのだと、歳を重ねるごとに感じています。

せっかくの自分の節目である日なので、気持ちの整理として、自分のために回天隊とのことを振り返ってみようと思います。自分語りな記事ですが悪しからず…

 

 

私が回天搭乗員の方々に興味を持ち、本を読み始めてから2年が過ぎました。

それまでは何も考えずに鼻水びろびろにたらしながらなんとなく生きてた私ですが、彼らに出会ってからは物事の考え方というか捉え方というか、そういった部分が明らかに変わったな、と実感してます。

なんだろう、簡単にいうと、めそめそせずに明るく前向きになった気がします!

まだほんのちょっとだけだけど、昔よりは心が強くなったかなあって。

 

興味を持ったきっかけは、回天という兵器があるということをネットで知った際、映像でぱっとすぐ分かるものはないかなと思い(横着なもので…^^;)ツタヤで探し、見つけた映画「出口のない海」でした。

映画の中で一番印象的だったのは、自分の棺桶ともいえる特攻兵器が敵の攻撃でボコボコにされて、乗れなくなってしまって涙を流して悲しむ(その時は、悔しいとは分からず悲しいという風に捉えてました)回天搭乗員の姿でした。

その泣いている姿は、まるで親兄弟を亡くしたかのような号泣っぷりで、とても驚いた記憶があります。

それまで戦争に関しては学校の授業程度の知識しかなく、「特攻隊は嫌がってもみんな強制的にいかされる」というのが当たり前に頭の中にあった私にとっては、その涙が不思議で仕方がありませんでした。

「本当の回天搭乗員の人たちはどんな気持ちで回天と向き合っていたのだろう」

そう気になったのが本当の始まりでした。

 

映画を見終わった後、すぐにノンフィクションの本を探しました。横田寛さんの「あゝ回天特攻隊」と出会い、その本で初めて「一回天搭乗員の気持ち」というものを知ったとともに、本に出てくる登場人物たちの豊かな個性に心奪われました。

彼らの遺書遺文が載っている回天刊行会の本を読んでからは、彼らの遺していった言葉一つ一つがとても心に響き、「この人は他にどんな言葉を遺していったのだろう」「この人はどんな生き方をしたのだろう」「この人は周りとどんな関わりを持っていたのだろう」そういったことも気になりだして、のめり込むように回天に関する本を読み漁りました。

 

彼らのことを本で読んで感じる印象は、ズバリ「愛」です。彼らは愛の人です。

そして彼ら一人一人、特攻隊ということ関係なしに、純粋に人として、「とても立派な人だなあ」と感じました。

彼らが家族や友人に遺した言葉や日記に書いた言葉、そして生き残った周りの方々の証言によって伝えられている言動から、学ぶことがたっっっっくさんありました。

 自分たちの今があるのは当たり前ではないということ。

家族を大切に思う心、そしてその気持ちを行動で表す大切さ。

「信じる心」の大切さ。

 人の気持ちや考え方は、決して一つには括れないこと。

だからこそ人の気持ちを勝手に、軽率に決めつけてはいけないということ。

そして人の気持ちは決してたった一つではないということ。

「幸福」というものの本当の意味。

 などなど。

そして不安な時やつらい時、逃げ出したい時など、いろんな場面で彼らの言葉を思い出して、奮い立たせてもらったり励ましてもらってます。

 

まだ2年ほどしか経っていないので、これから更に色々な本や資料を読み、考えを深めて、学んでいきたいです。